中村ゆりと韓国の関係は?本名やルーツを紹介!

ドラマや映画で凛とした美しさを見せる女優の中村ゆり(なかむら ゆり)さん。
40代を迎えてますます輝きを増す彼女を見て、「一体どんな人生を歩んできたの?」「お名前は本名なのかな?」と気になった方も多いのではないでしょうか。

実は、中村ゆりさんは自身のルーツが韓国にあることを公表されており、その潔い生き方が多くのファンから支持されています。

この記事では、中村ゆりさんの本名に込められた想いや、人生の転機となった映画『パッチギ!』でのエピソード、そして兄弟などのご家族をご紹介します。

彼女の「自立したかっこいい生き方」のヒミツを知ると、今よりもっと中村ゆりさんのことが好きになるはずですよ!



中村ゆりの本名は?芸名の由来は?

本名に込められた温かい意味?

本名は成友理(ソン・ウリ / 성우리)さんと言います。
日本で生活する上での通称として「中村友理」を使用しており、それをひらがなにしたものが現在の芸名です。
中村ゆりさんがご自分の名前に関して言及したことは一切ありません。

韓国語ではウリはとても親しみのある意味を持つそうです。
「ウリ(우리)」という言葉、韓国ドラマやアイドルの言葉でもよく耳にしますよね。
直訳すると「私たち」ですが、韓国では「自分の家族」「自分の学校」「自分の国」を指すときに「私の(ネ/ナエ)」ではなく「私たちの(ウリ)」を好んで使うそうです。

日本語でも家族や親しい仲間のことを話すときに「うちのお父さん」「うちの学校」と言いますよね。
自分一人の所有物ではなく「自分たちが属している大切な場所」という、連帯感や愛情を込めた表現です。

日本では比較的「私(個)」と「あなた(個)」の礼儀正しい距離感を保つのが好まれますが、韓国では 「ウリ(私たち)」という一つの輪の中に相手を入れて、家族のように接するという文化があるそうです。

韓国由来の言葉なので全く同じニュアンスとまではいかないですが、
日本でいうと名前に「和(かず・やわら)」などの漢字を使って、「調和」や「みんなとの繋がり」を大切にする感覚に近いのかもしれません。

ご両親にも韓国のルーツがあるので、そのような母国韓国の文化を通して込められたお名前と思われます。
中村ゆりさんの持つ、あの包み込むような優しさと芯の強さにぴったりの素敵なお名前ですよね。



YURIMARI時代の活動と現在

実は中村ゆりさんは16歳の1998年に歌手として芸能界デビューされています。
俳優さんがデビューではなかったのですね。
友人の伊澤真理さんとデュオYURIMARI(ゆりまり)を結成します。
6枚のシングルと1枚のアルバムを発表しましたが、翌年1999年に解散します。

名義はYURI。
有名なリアリティ番組『ASAYAN』のオーディション出身です。
つんく♂さんや小室哲哉さんなどのプロデュースで、モーニング娘。や鈴木あみさん、CHEMISTRYなどがデビューしています。
このオーディションを受ける際に、本名は成友理(성우리 / ソン・ウリ)で通名は中村友理(なかむら ゆり)という情報が出ました。

かなり早い解散ですね💦

解散理由はavexの有名な方が原因という情報もありますが、未確定の情報でした。
相方の伊澤真理さんは現在は芸能界を引退し、ネイルサロンやリラク、韓国カフェなど様々な事業を展開している事業家としてご活躍されているそうです。

ですが現在も交流があるようで、2022年には京都のサウナーの聖地「森のサウナ リプラス」へ行き、近くにある川の滝に打たれたりして仲良くされています!
若い頃に苦労をともにした同志と今でも変わらず交流があるのは素敵ですね!
中村ゆりさんも伊澤真理さんのことを「相棒」とおっしゃっていました!



中村ゆりの出身地と韓国籍を公表した背景

大阪出身の「在日韓国人」であること

中村ゆりさんの国籍は韓国籍で出身は大阪府寝屋川市です。
お父様が在日3世でお母様が韓国生まれということです。
それ以外にはご本人が具体的に話しているものはありませんでした。

なぜ自身のルーツを明かしたのか?

中村ゆりさんがご自分の出身について話したのはある映画に出演したのがきっかけです。
19年前の2007年5月19日公開の井筒和幸監督の映画「パッチギ!LOVE&PEACE」での出来事です。
沢尻エリカさんが在日韓国人のヒロインを演じた映画で、
中村ゆりさんは当時25歳、井坂俊哉さんとともに主演で演じられました。
この映画で2007年度全国映連賞女優賞、第3回おおさかシネマフェスティバル新人賞を受賞しました。

その際に朝日新聞のインタビューを受けます。

「パッチギ!」に主演の中村さんは、朝日新聞の07年5月20日付けの「ひと」のコーナーに登場。父親が在日3世で母親が韓国生まれだとし、「出身を隠すつもりはないけど、わざわざ『在日です』と主張することもない」と「中村」名で芸能活動を続けてきたという。そして、「パッチギ!」で在日(女優)を演じ、ストーリー上で「芸能界ってなぜ『在日』を隠すの?」というセリフの後に、自分が在日であることをカミングアウトする。

引用元:JCASTニュース

当時の所属事務所はあまり良い顔をしていなかったとすれ違っており、当時はそのようなカミングアウトがかなりセンシティブな内容だったことが伺えます。

中村ゆりさんだけでなく、多くの有名人の方々が自身のアイデンティティについて慎重になっていた時代。そんな中で「隠すつもりはない」と凛とした態度で公表した中村さんの強さは、当時の業界でも非常に勇気ある行動だったことが伺えます。



中村ゆりにとっての映画『パッチギ! LOVE&PEACE』

オーディションで自ら明かした出自

アイドルを辞めた後、演技の勉強をNYでしたり
社会を知らないということで学びのためハンバーガー屋さんでバイトをします。

「当時18歳で、芸能界以外の世界を知らないのは怖いと思ったんです。でも、アルバイト先ではレジ打ちができなくて、年下で16歳の “先輩” に怒られたりしました。こんなに社会に適応できない役立たずなんだと痛感しました」

引用元:SmartFLASH

芸能界とは違う道に進もうと思ったことがあったのでしょうか。
すごい芯があって強い方だなと感じました。
普通であれば芸能界に近いお仕事の方が馴染みがあってスムーズだと思うんですよね。
そこを違う世界を知ろうと思って、飛び込む強さがすごいです。

でもあの美貌でレジにいたら毎日通っちゃう人いますよね笑

そんな中、チャンスが巡って来ます。
知り合いの方から映画パッチギ! LOVE&PEACEのオーディションの話を聞いたそうです。

「面接でどういう環境で育ったのかとか、初めて私のパーソナルなことを聞いてくださって。そのときプロデューサーに『パッチギ!』を観てどう思った? と聞かれたので『自分のアイデンティティに近いものだったので、私も参加したかった。悔しかった』と話したんです。それがよかったみたいで、キョンジャ役をいただきました」

引用元:SmartFLASH

井筒監督からはめちゃくちゃしごかれたそうですよ・・
でもしごかれ方がパワハラっぽい感じではないんですよね。



中村ゆりさんはあるシーンで泣けなかったんだそう。
そうしたら井筒監督から数十人のスタッフが寝不足で待っているんだから、プロだったら泣けと言われたんだそうです。

気持ちがあったかくて奥が深い演技指導だなと感じました。
なんで泣けないんだー!使えねえな!ばかやろう!とかではなく、
映画はチーム戦なんだよ、みんなで命かけて作り上げるんだよと間接的に教えてくださっていますよね。
ご自分では演技のテクニカルがなかったと振り返っているので、
まだ俳優さんのお仕事のいろはが分かっていない時期ですよね。
なのでこのような演技指導を受けたら、ありがたいなと感じると思います。

どういうテンションで言われたのかは分かりませんが・・・苦笑
中村ゆりさんはひーと思ったそうなので、冷静に淡々と言われたのですかね💦



中村ゆりの兄?家族構成は?

中村ゆりさんには、お兄さんが一人いらっしゃいます。
お兄さんは一般の方のようです。
4歳年上との情報はありますが、未確定の情報です。
今は閉鎖されているようですが、昔はブログなどでアップされていたこともあるようです。

2025年のインタビューで少しお兄様のお話が出ました。
草彅剛さんが主演するフジテレビ系連続ドラマ「終幕のロンド―もう二度と、会えないあなたに―」のドラマ出演でのインタビューです。
お兄様の影響で中村ゆりさんにも少年の心があるので草彅剛さんとは波長があうそうです。

中村ゆりは「遅咲きの実力派」?ブレイクまでの軌跡

苦労人時代を支えた芯の強さ

今でこそ「連ドラに欠かせない名バイプレイヤー」として、数多くの作品でヒロインのライバル役や芯の強い女性を演じている中村ゆりさん。
しかし、20代の頃は決して順風満帆ではありませんでした。

アイドルグループYURIMARI解散後、本格的に女優の道を志しますが、なかなか芽が出ない時期も長かったそうです。
さきほどお伝えした「ハンバーガー屋さんでバイトをしていた」というエピソードからも分かる通り、華やかな世界から一度離れ、地道に自分を磨き続けた「苦労人」の一面もあります。



40代でますます輝く現在の活躍

そんな彼女が30代、40代と年齢を重ねるごとに評価を高めているのは、やはり「自分のルーツ」や「下積み時代」という土台がしっかりしているからではないでしょうか。

単に綺麗なだけじゃない、どこか陰影のある深い演技。
それは、15歳から厳しい芸能界に身を置き、自分のアイデンティティと向き合い続けてきた彼女にしか出せない「味」なんだと感じます。

「遅咲き」と言われることもありますが、ご本人はむしろ楽しんでいらっしゃいます。
「今が一番輝いている」と言わんばかりのご活躍ですよね!

「年齢を重ねることが全然嫌じゃない。経験を積んだことで自分の選択肢も増え、20代のころの頭でっかちも解消しましたし。今の年齢だからできることもたくさんあると思うので、40代は楽しみだなって思います」

引用元:SmartFLASH

こう思えるのは、やはり人生をかけてお仕事に向き合ったからだと感じます。
アイドルデビューして挫折した経験もきちんと糧にされています。

(芝居の)テクニカルなことが全然わからず、純粋にぶつかっていくことしかできなかったです。一回デビューして、生半可な気持ちでやっても何もできないってわかっていたし、絶対必死にやらないと後悔すると思って。そう、すごいムキになってました」

引用元:SmartFLASH

やってみて見える世界とか得られないものってありますよね。
綺麗すぎる外見の美しさなどが形容詞になっていますが、
こういう人生に対する真摯な姿も素敵ですよね。



まとめ

いかがでしたでしょうか。 今回は、中村ゆりさんの知られざる本名の由来から、人生を変えた『パッチギ!』でのカミングアウト、そして素敵なご家族についてご紹介しました。

自分のルーツを大切にし、それを「強み」に変えて凛と立つ中村ゆりさん。 彼女の放つ美しさが、ただの「造形美」ではなく「生き様」そのものに見える理由が、少し分かった気がします。

「結婚」という形に縛られない自由な価値観も、こうした確固たる自分を持っているからこその選択なのかもしれませんね。 これからも、唯一無二の存在感を放つ中村ゆりさんの活躍から目が離せません!

中村ゆりさんの『結婚観』についても知りたい方は、こちらの記事もどうぞ!

これからの益々のご活躍を応援しております!

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