沢村一樹のハーフ説は本当?出身や家族構成など調査!

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数々のドラマや映画に出演し、渋みのある演技で人気を集める沢村一樹(さわむら いっき)さん。

端正な顔立ちや雰囲気から「ハーフでは?」という噂がたびたび話題になります。

実際のところ、沢村一樹さんは本当にハーフなのでしょうか?

本記事では、彼の出身地や家族構成といった事実をもとに、噂の真相を徹底検証します。

沢村一樹は本当にハーフなのか?

結論、顔が濃いですがハーフではなく純日本人です!

彫りが深くぱっちり二重の長身なので、ハーフかなと思ってしまいますよね。

それでは沢村一樹さんのプロフィールをご紹介します!

沢村一樹のプロフィール!

所属事務所の研音さんからお借りしました。

生年月日 1967年7月10日
出身地 鹿児島
身長 184cm

2025年現在は58歳になります。

とても若々しい感じがしますよね。

身長も184cmで俳優の前にモデルをやっていたのは納得ですね!

そして沢村一樹さんは芸名なんです!

本名は野村 耕蔵(のむら こうぞう)さんと言います。

結構、古風なお名前ですよね。

20代のモデル時代はこの本名でお仕事をされていたこともあります。

ハーフのような顔立ちには、あまりフィットしない感じがします・・

沢村一樹の顔の濃さは出身地と関係がある??

沢村一樹さんは鹿児島県 鹿児島市のご出身です。

鹿児島の方は顔が濃い方が多いとのことで、沢村一樹さんも濃いお顔立ちなのもうなずけます。

鹿児島市は鹿児島のシンボルである桜島があるところですね。

そして食べ物で誰もが知っているものは、かき氷の「白くま」です!

特に鹿児島市天文館にある「天文館むじゃき」さんが元祖だそうです。

こちら以外にもいろんな店舗で様々な白くまが食べられるんだそうです。

かき氷好きとしては、いつかぜひ食べてみたいですね!

かなりサイズが大きめだということで、複数で食べた方が良さそうです。

沢村一樹さんは鹿児島に帰ると必ず場所があるそうですよ。

「桜島を望むその場所は、自分にとってのパワースポット。そこに立ち寄るといろいろなことを思い出す。自分を見つめる大切な時間」。

引用元:南日本新聞 デジタル

おそらく鹿児島にいた年数より東京にいる年数の方が長くなっていると思います。

子どもさんもいらっしゃるのでこれからも東京が拠点になると思いますが、やっぱり故郷は特別ですよね。

東京や関東生まれ・育ちの人からは、故郷が違うのは何か羨ましいなと言われたことがあります。

自分のルーツを感じられる、生まれ育った場所だからこそ感じることってありますよね。

沢村一樹の家族は?

沢村一樹さんは4人家族です。

ご両親に沢村一樹さん、妹さんがいらっしゃいます。

妹さんは野村真美さんと言いますが、一般人で俳優の野村真美さんとは別人です。

その野村真美さんの娘さん野村麻純さんは沢村一樹さんの姪っ子さんです。

幼少期は大変だった?

幼少期は決して裕福な家庭ではなかったと言います。

お父様が知人の連帯保証人になり、多額の借金を抱えてしまいます。

女性関係もあったようで、あまり家にいないお父様だったようです。

その額は何千万単位だったそうです。

のちに離婚し、お母様が女手一つでお二人を育ててくれました。

借金取りも来たそうで、かなりご苦労されています。

妹の野村真美さんは兄の沢村一樹さんがいてくれたから怖くなかったと言っています。

お父様が原因とは言え、法整備のない時代はとても怖かったと思います。

沢村一樹さんも怖いはずなのに気丈にふるまわれて、とても強いし家族想いの方ですよね。

両親ともに容姿に恵まれた?

そんなお父様お母様ですが、美男美女だったと言います。

妹さんいわく、沢村一樹さんはお母様似だそうですよ。

お母様が芸能界に関心があったそうで、沢村一樹さんの芸能界入りをすすめていたのもお母様でした。

晴れて俳優で有名になると、地元鹿児島で嬉しそうに周囲に言って回っていたそうです。

「お母さんにお会いしました」と言う人がいっぱいいるんです。「どこで会ったんですか?」って聞くと、「路面電車を待っていたら、『私は沢村一樹の母なんです』と話しかけられました」とか(笑)。

引用元:AERA DIGITAL

お母様のことを悪く言ったお父様と喧嘩をするくらい大変な時期を過ごされました。

沢村一樹さんの「もう離婚してもいいよ」という言葉でお母様は離婚をしました。

お母様を気遣って、お父様のお葬式には参列されなかったといいます。

それを悔いて地元鹿児島にお父様のお墓を立てました。

そして帰省したときは、新品のタオルを持って時間があればお墓参りをするそうです。

自分だったら、お父様のことを中々許すことは出来ないかもしれません。

ですが、沢村一樹さんは冷静に振り返っています。

「もともと(父親を)憎んでいたわけじゃなくて、ただ僕は母の味方をした方がいいと思っていて。

引用元:スポニチアネックス

沢村一樹さんは反抗期がなかったそうです。

幼少期に離婚されたので反抗期をするほど余裕はなかったし、そんなにお父様と過ごしていなかったからだと言っています。

お父様としてはお墓を立ててくれて、お墓参りに来てくれるのは嬉しいですよね。

沢村一樹さんのハーフっぽい顔立ちはご両親からのものでした。

これからも益々のご活躍を応援しております!

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